昭和49年01月20日 特別奉修委員会



 「信心の道を迷わず失わず、末の末まで教え伝えよ」と、本当に自分が有り難い信心を頂いておりますと、それは子供やら孫に伝えて行きたいだけではない、世の中の難儀な氏子人達に、本当に伝えて信心して貰ったら幸せになられるのにと、こう思いは愈々募るだけですけれどもね。所が実際は中々難儀な人達でも、信心に顔を背けておったり、又肝心要の子供達がその信心の継承を、よう致しませんというのが実情ですよね。
 ですから先ほども、原さんがお届けされますのに、先日から嫁後のちょっとした不調法、それを本当になんて言うか、神心でこう祈られたり思われたりされた。その翌日から最近信心をすっきり朝参りも、辞めてしまっとった嫁が翌る日から朝参りをするようになったと言う。どんなに有り難い信心を頂いておっても、結局五つの願いの中の子孫繁盛家繁盛と言う事を、願うなら願う程是は私の方では、良子さん嫁がね本当に信心を頂いてくれる以外にはないと思いますと言う事を、お届けしておられますがね。
 やっぱそうですよ、子孫繁盛家繁盛を願う。本当に息子が信心してくれる、嫁が信心してくれる。それであって初めて孫が又信心の継承をしてくれる。子孫繁盛を願うならどうでも良子さんが、信心してくれる以外にはないんだと。それ、切実に感じておられる所にそうした、今日のご理解あたりを今朝あたりのご理解を、地で行くような生き方を、今日お届けで聞かせて貰って、ほんな事じゃなと私も思うんです。
 今御神前に出らせて頂いて頂くのがね、スキーをする人達の格好をスキーを両方にこう持って、それこそ広い雪の山に、立っておるのを頂くんですよ。ちょっと私どもがスキーなんかやった事ない者が、この寒かつにご苦労なこつというふうに思うんですけれどね。是が私は大体、皆さんの信心の姿じゃなかろうかと思うですね。ほんにご苦労なこっちゃあるこん朝早うから、合楽合楽ち言うて皆参ってからというのが、スキーの格好も出来ておる、スキーの道具も持っておる。
 けれども冷たい雪の山に、只立って居る様な感じであって本当にそれが、自由自在に滑られてしかも真っ直ぐでも出来ない所を、ジャンプからジャンプと普通で乗り越えられない所を、ジャンプして飛べれるような、爽快な様とか楽しい様とか又はその元気な姿が、楽しさいっぱいのものになってくる時に、私もいっちょスキーを稽古しようかという気にならん事はないと思うですね。所がまだお互いがスキーの服は着ておる。
 スキーは持っておるけれども、雪の山に立って居る様なものだから。ほんにこの朝ん寒かつに、しるしか所へと言った様な事じゃないでしょうかね。昨日これも原さんのお届けですけれども、とてもそりゃ心からそげなこと言うおなごでもないし、心からそれもなかろうばってん、その時にはやっぱり私も聞きながら、淋しかな原さんと言うた事でしたけれども。千恵子さん方へ行ったら丁度風呂が沸いとったけん風呂に入った。
 そしてから髪を洗わせて頂いたち。そしたら千恵子さんが言うこつげなもん、もうお母さんうちは親子でやっとかっと位、それが髪まで家で洗うちからち。まぁ親子だから言える事ですけれどもね。けれども寂しい事ね自分も寂しかった。私も聞きながらやっぱ寂しいねぇと思うんですわ。それから本当にこの人が信心を、今正義さん所へ勤めさせて頂いてもうとにかく、忙しかばっかりらしいんですよね事務の方をやってる。
 それでお前も本当に一時ばっかり、信心を疎かにするとこげな寂しい事を言う様になると思うて自分まで寂しかった。そして夜の御祈念の時間だからそれから直接、夜の御祈念に参って来るつもりで、バスの停留場に行った所が、ほんなバスが行った後じゃった。そしたら大きな車が止まってから、乗ってお出でなさい、こう言う。車の中で合楽までですからお願いします。本当に私の様な者に、こげな立派な暖房の利いた車に乗せてもろうちから、勿体ない勿体ないち言うて。
 恐らく私が千恵子の所から、寂しゅうして堪えんそれが寒い中に、自動車を待っとるのがよっぽど哀れに見えたんだろうと。そしたらその方が言われたげな、こん寒かつにあなたが寒そうに立ってなさったけんで、こげな大きな車に自分が一人で乗るのは、勿体ないっていつも思っておるから、あんたに乗って貰った事でしたち言わっしゃったそうです。だから、よっぽど寒い哀れに見えたんだろう、年寄りのお婆さんが。
 そしたら合楽の教会ち。はぁこりゃ感心感心この寒かとにち言わっしゃった降りる時にゃ。と言う様にしか見えてない訳なんですよねお互いの信心が。本当にそこに尊いもの、温かいものを与え切ってないと言う事ですよ。まだねお互いがスキーの道具は揃うた。スキーの服も着とるけれども、まだスキーの山に立っている様なもので、こんなに楽しいものだ。そして人間色んな岐路に立った時に。
 ここはジャンプより他にないと言う様な時でも、それを見事にジャンプして行けれる様な。日常生活を見せたり聞かせたりしておるなら、とても着いてこなきゃおられんのが、スキーならスキーじゃなかろうかと思う様にね、信心もやっぱり同じ事が言えるんじゃないでしょうかね。お互いの信心がもういっちょですもう本当にどげん信心が、どげん楽しかじゃろうかとどげん面白かじゃろうか。そして人間愈々んごたる時には。
 ああいうおかげの頂けれる、ジャンプの姿を見てからは、ほとほと感心すると言う様な物を、先ずは身に付けなければ、本当に子孫繁盛家繁盛と言う事が、所謂次の時代の者への信心の継承は、それあらずして子孫繁盛家繁盛はあり得ないと言う事を思う時に愈々本格的な、本当な信心を身に付けなければいけないと言う事を感じますね。徳を受けなきゃならない、力を受けなきゃならないと言う事なんですよ。要は。
   どうぞ。